鍛冶屋サキュバス奮闘記
定期更新型ネットゲーム『sicx Lives』に参加している、リムル(579)の日記帳です。 主に日記置き場ですが、お絵描きしてたり、何か呟いてたりもします。
焔の月 2日目
それは街に降り立つ3日前。
とある国のはずれ。大きな山々の間に、ひっそりとある小さな村。
その村唯一の鍛冶屋を営む建屋の2階で、僕は小さな喧騒に目を覚ました。
窓から差し込む日差しは優しく、まだ朝が早いことを告げている。
「ん、ん~~~。もう、朝か」
寝床から抜け出し、伸びをしながら一呼吸。
眠い目をこすりながら簡単に身支度を整え、まだふわふわとする足取りで階下に向かう。
先程の喧騒は今も止まず、階段を降りれば降りるほどに大きくなって、
ついに台所で取っ組み合いをしている2人が視界に入った。
「嗚呼、ハニー!今日も変わらず美しい、愛しき君よ。
今すぐにでもこの手で時を止め、この愛を永遠にしてしまいたい!」
「うふふふふ、ダーリンったら!
その熱い愛に今にも蕩け死んでしまいそうだけれど、残念だわ。
リムルも起きてきたから食事の支度に戻らなきゃ」
「おはよう。父さん、母さん」
「「おはよう、リムル」」
少し遠慮がちに声をかければ、
2人はタイミングを合わせたかのように、全く同時に返してくれた。
今まで取っ組み合いをしていたとは信じられないほどの満面の笑顔だ。
日の降り注ぐ明るい家の中、暖かい料理を運び、3人で食卓につく。
この風景は、はた目から見れば、普通の仲良し家族に見えるんじゃないかと思う。
でも実際は、3人とも血の繋がりなんて全くない、赤の他人だったりするのだ。
母さんは、一見、線の細い美人。
けれど、服の下には毎日の鍛冶仕事で鍛え上げられた立派な筋肉があり、
心は女性だけど、性別は男だったりする。
そして父さんは、そんな母さんのことを大好きな、それなりにカッコイイ優男。
けれど、実は愛するひとをその手にかけたいと願う、歪んだ性癖の持ち主だ。
父さんに襲われるのが日常という母さんはいつも、
その怪力と自作のフライパンで父さんを撃退している。
そんな2人に、我が子と可愛がってもらっている僕は、もはや人間ですらない。
2年ほど前にこの地に漂う魔の力から生れ落ちた、魔族の一種、サキュバスだ。
生まれて間もない頃、初めての獲物を探してうろついている途中、
迷い子と勘違いした2人に保護されたのが縁で、今もこうして一緒に暮らしている。
「この周辺はさー、悪魔よ去れーだの、色魔退散ーだのやってるお堅い国が多いから、
そんな魔の力の掃き溜まりになってるんでしょうね、ここ。居心地良いったらないわー」
「わ。エレナ。また来てたの?」
食事を終えて、後片付けを手伝った後。
母さんの鍛冶仕事を手伝う為、自室に着替えに戻ると、
ベットの上ではサキュバス仲間のエレナが、のんびりとくつろいでいた。
「なぁーによー。来ちゃ悪い?」
「悪くはないよ。でも」
「外の世界への期待に、心惑わされちゃう?」
「・・・・・・うん」
「トーゼンでしょ。アタシはそれが目的で来てるんだもの」
豊満な胸を強調させた装いの客人は、牙を見せて艶やかに笑った。
サキュバスは元々、性別が確立していない存在であり、
最初に関係を持つ異性によって、その後の性別が決まる。
エレナは魅力的な女性の身体をもつ完全体で、僕は未だ性別未確立の不完全体だ。
知らず知らずのうちに、一緒に暮らす2人の生活形態に順応したのか、
昼は女性体、夜は男性体になるという不思議なサイクルで1日を過ごしている。
僕は鍛冶仕事のやり易さから、力のある男性体になることを望んだものの、
初めての関係を持つ相手がなかなか見つからず、
どうしようか少々悩み始めた時に出会ったのがエレナだった。
僕としては、いきなり全身で性をアピールするエレナに非常に驚いたわけだけれど、
よくよくお互いの気配を探ってみたら、同じサキュバス同士だったというオチだ。
ダンディーだけどちょっと可愛いオジサマに目をつけてみたら、
実はサキュバスで、しかも性別の確立もまだしていない、とんだお子様だった。
そう呟くあの時のエレナの憤慨ぶりは、今でも思い出して苦笑いするほどだ。
「アタシもまさか、鉄打って喜ぶサキュバスがいるとは思わなかったわよ。
腕振ってないで腰振りなさいよ。腰」
「エレナ・・・・・・相変わらず下品っ!」
「下品ってアンタ」
赤裸々過ぎる物言いに赤面しつつ注意する僕に、呆れた顔で返すエレナ。
サキュバスのくせに初心だなんだと言われようと、
そういう接触は、とにかくしたことがないんだから仕方ない。
「ほんっとサキュバスって感じしないわよね、リムルって。
生まれてもう2年も経ってるんでしょ?
誰か食べたいなーって、思わないわけ?」
今日の夕飯何にする?
そんな何気ない会話のように促されて、ほんのりと熱を帯びていた頬が更に熱くなる。
「たたた食べたいって言われても・・・・・・魔力は十分足りてるし・・・・・・」
先程エレナが言った通り、この村には魔の力が微かに漂っている。
人間が鼻や口以外にも皮膚で呼吸するように、
魔の力から生まれた僕らも、空気に漂う魔の力を吸うことができるのだ。
鍛冶仕事には邪魔な長い髪も、魔力が宿る大事な部分。
邪魔だからといって簡単に切り捨てるわけにもいかず、
緩やかにうねる青髪は、この2年で腰に届くまで伸びてしまった。
「まぁ、生きるだけならこの分でも十分かもしれないけどさ?
空気に漂うカスだけ吸うって、霞を食べる仙人とかと似てるわよね。
もっと俗世に生きなさいよ。俗世に。気持ちいいわよ?精を吸うのも」
「もー!エレナがいっつもそう言うから、僕も勇気を出してみたのにっ」
「出してみたのに?」
「出してみたけど・・・・・・」
「出してみたけど?」
元気よくまくし立てようとしたものの、
オウム返しで顔を寄せてくるエレナから思わず視線を逸らして、
そのまま黙ってうなだれてしまう。
ここ2年間で、人間と交わる気が全くなかったと言えば嘘になる。
けれど、自分が目を付けた人間は、ことごとく外れてしまった。
「・・・・・・ソフィアっていう・・・・・・すごく良くしてくれる女性が居て・・・・・・」
たっぷり鼓動が10を打った頃、腹を括って小さな声で話し出した。
相変わらずベットの上に居たエレナだけれど、
なんとなく居住まいを正して耳をそばだてているのが分かる。
「すごく優しくしてくれるから、なんとなく、好きになっていたんだけど・・・・・・」
「けど?」
「男の方で告白してみたら、じつは・・・・・・レズ、で。更に、幼女が好き、らしくて」
「レズでロリコンかー。そりゃきっついわー」
「失恋しちゃったなって、自分なりに落ち込んでたら、
オルトっていう男の人が、僕のこと好きだって言ってくれたんだ。でも」
「でも?」
「その・・・・・・僕は男性体になりたいから、断ったんだ。
男とは交われない。女性の体になってしまうからって」
「そしたら?」
「俺は幼女のお前じゃなくて、ダンディーヘタレ男なお前が好きだって・・・・・・」
「・・・・・・ホモってやつね」
「うん・・・・・・」
自分でも話しながら、ちょっと情けない気持ちになった。
気に入っている男性体の成長に魔力を注ぎ込んだことが、
また、女性体の成長をないがしろにしていたことが、
こんな結果を招くだなんて。
「だから言ってるじゃないの。この村が狭すぎるのよ。
っていうか、この村に変態が多すぎるんじゃ・・・・・・」
「へ、変態って言わないでよ」
「少なくともノーマルじゃないと思うわよ。どいつもこいつも」
「ううぅ・・・・・・」
楽しむ為なら色々な術を試みるサキュバスのエレナがこう言うのだ。
彼女の指摘はあながち間違ってはいないのかもしれないけれど、
やっぱり自分の周りの人達のことを悪く言われるのは気分がよくない。
エレナはいつだって言うのだ。村から出てみなさいよって。
外の世界には色んな人が居て、きっと自分に合う相手が見つかると。
けれど、父さん母さんと慕う2人を置いて、ここを発つ気にはなれなかった。
それでも、外への期待は膨らむ一方で、ついには村を出ることになるのだけれど。
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